四季×四句(『静大俳句 第6号』(1991.3))



         春

     自転車に春の空気を入れてみる

     山葵田の水をうましと飲みたるよ

     鳶の輪の下に怒濤や紅椿

     雨の日は雨の中ゆく遍路かな

         夏

     鰺刺の寂しき沼を刺しにけり

     炎天となりゆく朝日昇りけり 

     黴びにけりわが臍の緒も脳髄も

     雷の夜エツフエル塔のひびくかな

         秋

     広島のまつかな釣瓶落しかな

     流れゆく薄つと立つ河童淵

     天高し無頼詩人のぞつきぼん

     ひぐらしの林なかなかぬけきれず

         冬

     立冬の夕日浴びたる牛の尻

     冬菊を壺に挿す指吸ひたしよ

     次男なる気易さにをりふぐと汁

     踏む落葉海の響きの天城越え




     追加22句(『まぼろしの鷹』より)



         春

     菜の花や廃村闇に沈みゆく

     一の滝二の滝春のこだまかな

     チユウリツプ地底明るくなりをるか

     たましひの桜吹雪となりにけり

     まぶた閉ぢ落花あびゐる女かな

     春の夜やとろりとろりと喉へ酒

         夏

     牛の眼に青き血脈夏の河

     大学の闇の深さよ青葉木莵

     Tシヤツに豊胸透ける夕立かな

         秋

     東京の凸凹の空鳥渡る

     フランスの闇フランスの蛍追ふ

     湧き出づる真面目心よ今朝の秋

         冬

     まぼろしの鷹か凍湖の宙に消ゆ

     牡蠣殻の山をこえきて牡蠣を食ふ

     雪山に火焚けば雪の香りけり

     氷山が俺の頭に頑とゐる

     毛衣や巴里女の胸の量

     富士へ鷹駿河日和と申すべし

     真輝く雪の富士なり反省す

     冬晴へ放り投げたき心かな

     からつぽの俺の頭よ懐手

     胸底のさびしき鬼へ豆をまく




     再・追加20句(『まぼろしの鷹』より)



         春

     新幹線桜吹雪に突入す

     舞ひ上がり富士荘厳の落花かな

     山の子は挨拶上手桜咲く

     狂言師遅れ着きたり春の雪                

     猿山へ運動会の鬨の声

     甲斐駒のつきささりたる代田かな

     早乙女の腰を見てゐる烏かな

     遠足の二手よりくる峠かな

     カーニバル君の乳房は揺れに揺れ

        夏

     首長き女五月の坂おり来

     サングラスはづし見てゐる山河かな 

     鶏舎なる首六百の暑さかな 

         秋

     一位の実赤し甘しと飛騨の旅

     紅葉狩教師もつとも酔ひにけり

     酒うまし今宵は月の上るべし

     休暇果つ怠け心は生き生きと

         冬

     フランス語吃りてゐたる暖炉かな

     初御空おとぼけ花火あがるかな

     懐手妻には妻の懐手

     真つ白きマストの断てり冬の富士



     (『まぼろしの鷹』より)



     まぶた閉ぢ落花あびゐる女かな

     花の塵風に流して遊びけり

     花冷えや都大路を喪服きて

     ひとひらの落花に乗せし心かな

     新幹線桜吹雪に突入す

     舞ひ上がり富士荘厳の落花かな

     山の子は挨拶上手桜咲く

     葉桜の空日輪を愛すかな

     たましひの桜吹雪となりにけり



     富士山(『まぼろしの鷹』より)



     富士へ鷹駿河日和と申すべし

     銀漢や黒塊として富士の山     

     浮世絵のごとく初富士初御空

     真つ白きマストの断てり冬の富士

     舞ひ上がり富士荘厳の落花かな

     風死せり富士山麓にくも殺す

     正面に黒き富士立つ噴井かな

     はればれと桃の花あり遠き富士

     真輝く雪の富士なり反省す

     初詣木の花さくや姫さまへ





 
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