極小歳時記


 花(桜・春)
 (葉桜、桜の実(夏)等も、また花衣、花冷え(春)等の句も引用。
   帰り花(冬)は桜とは限らないので引用しません。)
  芭蕉 姥桜さくや老後の思ひ出(いで) うかれける人や初瀬の山桜 糸桜こや帰るさの足もつれ 草履の尻折りてかへらん山桜 木の葉散る桜は軽し檜木笠 命二つの中に生きたる桜哉 思ひ立つ木曽や四月の桜狩り 初桜折しも今日はよき日なり さまざまの事思ひ出す桜かな 吉野にて桜見せうぞ檜木笠 扇にて酒くむ陰や散る桜 声よくば謡はうものを桜散る 桜狩り奇特(きどく)や日々に五里六里 桜より松は二木を三月越し 夕晴や桜に涼む波の華 木(こ)のもとに汁も鱠も桜かな 年々や桜を肥やす花の塵 両の手に桃と桜や草の餅 春の夜は桜に明けてしまひけり 京は九万九千くんじゆの花見哉 春風に吹き出し笑ふ花もがな きてもみよ甚兵(じんべ)が羽織花衣  (注)「きてもみよ」:「き」は「着」と「来」の掛詞。「羽織」は「我折り」(降参する)をもじっている。 初花に命七十五年ほど 待つ花や藤三郎が吉野山 阿蘭陀も花に来にけり馬に鞍 花にやどり瓢箪斎と自(みづか)らいへり 二日酔(ゑ)ひものかは花のあるあひだ 花に酔(ゑ)へり羽織着て刀さす女 盛りぢや花に坐(そぞろ)浮法師ぬめり妻 艶ナル奴今様花に弄斎(ろうさい)ス 花にうき世我酒白く飯黒し 樫の木の花にかまはぬ姿かな 辛崎の松は花より朧にて 観音のいらか見やりつ花の雲 花咲きて七日鶴見る麓哉 花にあそぶ虻な喰ひそ友雀 花の雲鐘は上野か浅草か 二日にもぬかりはせじな花の春 紙衣(かみぎぬ)の濡るとも折らん雨の花 花を宿に始め終りや二十日ほど このほどを花に礼いふ別れ哉 花のかげ謡(うたひ)に似たる旅寝哉 日は花に暮れてさびしやあすならう なほ見たし花に明け行く神の顔 鐘消えて花の香は撞く夕哉 薦(こも)を着て誰人います花の春 種芋や花の盛りに売り歩(あり)く 一里はみな花守の子孫かや 奈良七重七堂伽藍八重ざくら くさまくらまことの華見しても来よ 四方より花吹き入れて鳰の波 年々や桜を肥やす花の塵 呑み明けて花生にせん二升樽 しばらくは花の上なる月見かな 花に寝ぬこれも類(たぐひ)か鼠の巣 蝙蝠も出でよ浮世の華に鳥                             トップへ   蕪村 桜狩美人の腹や減却す      苗代や鞍馬の桜ちりにけり 来て見れば夕の桜実となりぬ さくらより桃にしたしき小家哉 さくら散苗代水や星月夜 実ざくらや死のこりたる菴(あん)の主 旅人の鼻まだ寒し初ざくら 海手より日は照つけて山ざくら ゆく春や逡巡として遅ざくら 花の香や嵯峨のともし火消る時 花ちりて木間の寺と成にけり みよし野のちか道寒し山桜 花に暮て我家遠き野道かな 花ちるやおもたき笈(おひ)のうしろより 鴬のたまたま啼や花の山 ひとつ枝に飛花落葉や冬ざくら                             トップへ   一茶 夕桜家ある人はとくかえる 此のやうな末世を桜だらけかな 下下に生まれて桜桜哉 夕ざくらけふも昔に成にけり 花さくや目を縫はれたる鳥の鳴く かう活きて居るも不思議ぞ花の陰 さく花の中にうごめく衆生かな 年寄の腰や花見の迷子札 花の影寝まじ未来が恐ろしき かんこ鳥しなのゝ桜咲きにけり   《雑》 月花や四十九年のむだ歩き  (注)月花:季感はない。風雅を代表する語として用いている。                             トップへ   『古典俳句抄』 落花枝にかへると見れば胡蝶哉         荒木田守武 花よりも団子やありて帰る雁          松永貞徳 天も花にゑへるか雲のみだれ足         野々口立圃  (注)ゑへるか:酔っているからだろうか。 やあしばらく花に対して鐘つく事        松江重頼  (注)せっかくの花ざかりなのに、鐘をつけば花が散ってしまうではないかと。 これはこれはとばかり花の吉野山        安原貞室 一僕とぼくぼくありく花見哉          北村季吟 地主からは木の間の花の都かな          ながむとて花にもいたし頸の骨         西山宗因 見かへれば寒し日暮の山桜           小西来山 骸骨のうへを粧(よそひ)て花見かな      上島鬼貫 花散て又しづかなり園城寺            花守や白き頭をつき合せ            向井去来 何事ぞ花見る人の長刀              一昨日(おととひ)はあの山こえつ花ざかり    ある僧の嫌ひし花の都かな           野沢凡兆 はなちるや伽藍の枢(くるる)おとし行く     苗代の水にちりうくさくらかな         森川許六 肌のよき石にねむらん花の山          斉部路通 水鳥の胸に分けゆく桜かな           浪化 世の中は三日見ぬ間に桜かな          大島蓼太 ゆさゆさと桜もてくる月夜かな         鈴木道彦 見かへればうしろを覆ふ桜かな         三浦樗良 さくら散る日さへゆふべと成にけり        人恋し灯ともしごろをさくらちる        加舎白雄 井戸ばたの桜あぶなし酒の酔(ゑひ)      小川秋色 桜々散つて佳人の夢に入る           上田無腸(秋成) 葉桜のうへに赤しや塔二重           唯人                             トップへ   『現代俳句抄』 咲き満ちてこぼるゝ花もなかりけり       高浜虚子 ゆさゆさと大枝ゆるる桜かな          村上鬼城 てのひらに落花とまらぬ月夜かな        渡辺水巴  うすめても花の匂の葛湯かな           ぬぎすてし人の温みや花衣           飯田蛇笏 花影婆娑と踏むべくありぬ岨の月        原石鼎 山桜雪嶺天に声もなし             水原秋桜子 水の上に花ひろびろと一枝かな         高野素十  花冷えの闇にあらはれ篝守            空をゆく一かたまりの花吹雪           山叉山山桜叉山桜               阿波野青畝 城を出し落花一片いまもとぶ          山口誓子 咲きいづるや桜さくらと咲きつらなり      荻原井泉水 あすはかへらうさくらちるちつてくる      種田山頭火 風に落つ楊貴妃桜房のまま           杉田久女 むれ落ちて楊貴妃桜尚あせず           花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ          夕桜あの家この家に琴鳴りて          中村草田男 夕桜城の石崖裾濃なる              桜の実紅経てむらさき吾子生る          ときをりの風のつめたき桜かな         久保田万太郎 したゝかに水をうちたる夕ざくら         人の世の悲しき櫻しだれけり           一もとの姥子の宿の遅ざくら          富安風生 まさをなる空よりしだれざくらかな        じやんけんの白き拳や花衣           日野草城 研ぎ上げし剃刀にほふ花ぐもり          満月の照りまさりつつ花の上           中空にとまらんとする落花かな         中村汀女 ゆで玉子むけばかがやく花曇           行く方にまた満山の桜かな            チチポポと鼓打たうよ花月夜          松本たかし さくらの芽のはげしさ仰ぎ蹌ける        石田波郷 夜桜やうらわかき月本郷に             花散るや瑞々(みづみづ)しきは出羽の国     花冷の包丁獣脂もて曇る            木下夕爾 ちるさくら海あをければ海へちる        高屋窓秋 めんどりよりをんどりかなしちるさくら     三橋鷹女 夜の桜満ちて暗くて犬噛合ふ          西東三鬼 生涯は一度落花はしきりなり          野見山朱鳥 淡墨桜風たてば白湧きいづる          大野林火 山ざくら水平の枝のさきに村           一燈にみな花冷えの影法師            落花舞ひあがり花神の立つごとし         田にあればさくらの蕊がみな見ゆる       永田耕衣 大脳のよろめきに照る桜かな           葉桜の下帰り来て魚に塩            細見綾子 硝子器を清潔にしてさくら時           相会ふも桜の下よ言葉なし            葉桜の中の無数の空さわぐ           篠原梵 花冷えや老いても着たき紺絣          能村登四郎 ごはんつぶよく噛んでゐて桜咲く        桂信子 さくら咲き去年とおなじ着物着る         曇天の山深く入る花のころ            花あれば西行の日とおもふべし         角川源義 さくら咲きあふれて海へ雄物川         森澄雄 咲き満ちて風にさくらのこゑきこゆ        われ亡くて山べのさくら咲きにけり        人体冷えて東北白い花盛り           金子兜太             (注)桜、林檎、梨の花など一斉に咲き乱れる。ここでは桜を主とした句として引用。 言霊の脊梁山脈のさくら             満開のふれてつめたき桜の木          鈴木六林男 遠景に桜近景に抱擁す              花篝戦争の闇よみがえり             谷川の音天にある桜かな            石原八束 遠(を)ちの枯木桜と知れば日々待たる     野澤節子 さきみちてさくらあをざめゐたるかな       身のうちへ落花つもりてゆくばかり        さくらしべ降る歳月の上にかな         草間時彦 雪山のどこも動かず花にほふ          飯田龍太 観桜や昭和生れの老人と            三橋敏雄 本丸に立てば二の丸花の中           上村占魚 小松宮殿下の銅像近き桜かな          高柳重信 空鬱々さくらは白く走るかな          赤尾兜子 晩年は桜ふぶきといふべかり          中村苑子 今頃は桜吹雪の夫の墓             飯島晴子 花筏やぶつて鳰の顔のぞく           飴山實 夕空を花のながるる葬りかな           花掃いて流れにすゝぐ竹箒            残生やひと日は花を鋤きこんで          光陰のやがて薄墨桜かな            宇佐美魚目 東大寺湯屋の空ゆく落花かな           江戸桜いらざる句々を散らしけり        加藤郁乎 家桜かざらぬひとは宝なり            むつつりと上野の桜見てかへる         川崎展宏 つねに一二片そのために花篝          鷹羽狩行 花冷えや昼には昼の夜には夜の          桜咲く磯長(しなが)の国の浅き闇       原裕 十一面観音桜見にゆかん             花の道つゞく限りをゆくことに         稲畑汀子 まぼろしの花湧く花のさかりかな        上田五千石 紅葉して桜は暗き樹となりぬ          福永耕二 花冷えや履歴書に押す磨滅印           法医学・桜・暗黒・父・自          寺山修司 睡りても大音響の桜かな            角川春樹 西方へ灯る薄墨桜かな              その奥も咲きてしづもる桜かな          いつぽんの大きく暮れて花の寺          いにしへの花の奈落の中に座す          桜散るあなたも河馬になりなさい        坪内稔典 列島をかじる鮫たち桜咲く            湧きかけし白湯の匂ひや夕桜          長谷川櫂 荒々と花びらを田に鋤き込んで          手をつけて海のつめたき桜かな         岸本尚毅 一陣の落花が壁に当る音             湧き立ちてしばらく見ゆる落花かな        今日ばかり花もしぐれよ西行忌         井上井月 春暮るゝ花なき庭の落花かな          池内たけし よき家に泊まり重ねて朝桜           高浜年尾 みよしのの百花の中やひそと著莪        及川貞 さくら咲き心足る日の遠まわり         林翔 父といふ世に淡きもの桜満つ          堀口星眠 葉桜や家出をおもひ家にゐる          中尾寿美子 廃校の母校の桜吹雪かな            山田みづえ 川のはじまりうつとりと花盛り         松沢昭 生誕も死も花冷えの寝間ひとつ         福田甲子雄 夕ざくら髪くろぐろと洗ひ終ふ         鷲谷七菜子 さくらんぼ笑(えみ)で補ふ語学力       橋本美代子 石段波の秀の高きに崩れ花の昼         斎藤梅子 花筏行きとどまりて夕日溜む          宮津昭彦 耕人に傾き咲けり山ざくら           大串章 ミス卑弥呼準ミス卑弥呼桜咲く         茨木和生 さくら咲く氷のひかり引き継ぎて        大木あまり さくら咲く山河に生まれ短気なり         守るべき家ありどつと花の冷え          わが祖国愚直に桜散りゆくよ          大井恒行 一本のすでにはげしき花吹雪          片山由美子    わたくしの骨とさくらが満開に         大西泰世 盛装し下着はつけず観る桜           江里昭彦 曇りのちさくらちりゆく大和かな        大屋達治 夜のさくらわれは全裸となり眠る        和田耕三郎 はればれとわたしを殺す桜かな         四ッ谷龍 人にまだ触れざる風や朝桜           星野高士 夜桜やひとつ筵に恋敵             黛まどか 胸そらしそのまま染井吉野かな         五島高資 母こひし夕山桜峰の松             泉鏡花 葉桜や人に知られぬ昼あそび          永井荷風 機関車の蒸気すて居り夕ざくら         田中冬二 滑り台児らがすべれば花吹雪          吉屋信子 煙草きらして花の下にて我転ぶ         清水哲男  (余白) まぶた閉じ落花あびゐる女かな (佐々木敏光) 花の塵風に流して遊びけり 花冷えや都大路を喪服きて ひとひらの落花に乗せし心かな 新幹線桜吹雪に突入す 舞ひ上がり富士荘厳の落花かな 山の子は挨拶上手桜咲く 葉桜の空日輪を愛すかな たましひの桜吹雪となりにけり                             トップへ  時鳥(夏)   芭蕉 時鳥鰹を染めにけりけらし  (注)時鳥は血の涙を出して鳴くという。真っ赤な鰹の身を表現。 郭公(ほととぎす)招くか麦のむら尾花 清く聞かん耳に香焼(た)いて郭公(ほととぎす) ほととぎす今は俳諧師なき世哉 冬牡丹千鳥よ雪のほととぎす ほととぎす鳴く鳴く飛ぶぞ忙(いそが)はし ほととぎす消え行く方や島一つ ほととぎす裏見の滝の裏表 田や麦や中にも夏のほととぎす 野を横に馬牽(ひ)きむけよほととぎす 曙はまだ紫にほととぎす 京にても京なつかしやほととぎす ほととぎす大竹薮を漏る月夜 ほととぎす啼くや五尺の菖草(あやめぐさ) 郭公(ほととぎす)声横たふや水の上 木隠れて茶摘みも聞くやほととぎす                             トップへ   蕪村 鞘走る友切丸やほととぎす ほととぎす平安城を筋違(すぢかひ)に 子規(ほととぎす)柩をつかむ雲間より 岩倉の狂女恋せよ子規 わするなよほどは雲助ほととぎす                             トップへ   一茶 時鳥我が身ばかりに振る雨か ろふそくでたばこ吸ひけり時鳥                             トップへ   『古典俳句抄』 武蔵野の月の山端や時鳥            大淀三千風 鯉はねて水静か也郭公(ほととぎす)      池西言水 時鳥啼くや湖水のさゝ濁り           内藤丈草 郭公(ほととぎす)なくや雲雀と十文字     向井去来 ほとゝぎす何もなき野ゝの門構         野沢凡兆 蜀魂(ほととぎす)なくや木の間の角櫓     中村史邦  (注)角櫓:城郭の一角にたてられた櫓。 子規(ほととぎす)なくや夜明けの海がなる   加舎白雄 恋ひ死なば我が塚で鳴け郭公(ほととぎす)   奥州 ほとゝぎす啼や子共のかけて来る        紫道                             トップへ   『現代俳句抄』 鳴くならば満月になけほととぎす        夏目漱石  (注)学年末試験で落第した正岡子規(子規=ほととぎす)に この国に恋の茂兵衛やほととぎす        松瀬青々  (注)茂兵衛:近松門左衛門『大経師昔暦』の登場人物。京都の大経師の妻おさんと手代の茂兵衛が通じ、  二人して丹波にのがれたが捕らえられ処刑された。(『大経師昔暦』は川口松太郎の戯曲「おさん茂兵衛」、  溝口健二の映画「近松物語」の原作) 水をはると水田はうつくしほととぎす      荻原井泉水 ほととぎすあすはあの山こえて行かう      種田山頭火 時鳥女はものゝの文秘めて           長谷川かな女 谺して山ほととぎすほしいまゝ         杉田久女 ほととぎす敵は必ず斬るべきもの        中村草田男 ほととぎすすでに遺児めく二人子よ       石田波郷 木の卓にレモンまろべりほととぎす       草間時彦 思へば遠し十九の闇の蜀魂(ほととぎす)    高柳重信 寄せて来る女波男波や時鳥           井上井月 宗匠の顔に反吐はけほととぎす         佐藤紅緑  (余白) ほととぎす信濃も北の朝の湯に (佐々木敏光)                             トップへ  月(秋)
 (春の月、朧月(春)、無月(秋)、寒月(冬)等も引用)
  芭蕉 月ぞしるべこなたに入らせ旅の宿 五月雨に御物遠(おんものどほ)や月の顔  (注)御物遠:ご無沙汰。 たんだすめ住めば都ぞ今日の月  (注)「たんだ」:ただひたすらに。「すめ」は「澄む」と「住む」の、「今日」は「今日」と「京」の掛詞。 影は天(あめ)の下照る姫か月の顔  (注)「影」:月影、月の光。「月の顔」を下照姫に見立てた句。 桂男(かつらをとこ)すまずなりけり雨の月  (注)「桂男」:月にある桂の木の下にすむという美男子。「すむ」は「澄む」と「住む」の掛詞。 命こそ芋種よまた今日の月 夏の月御油より出でて赤坂や 木を切りて本口(もとくち)見るや今日の月 実(げ)にや月間口(まぐち)千金の通り町 滄海の浪酒臭し今日の月 夜ル竊(ひそか)ニ虫は月下の栗を穿ツ 侘びてすめ月侘斎が奈良茶歌 月十四日今宵三十九の童部(わらべ) 馬に寝て残夢月遠し茶の煙(けぶり) 晦日月なし千歳(ちとせ)の杉を抱く嵐 雲をりをり人を休むる月見哉 (雲をりをり人をやすめる月見哉) 月白き師走は子路が寝覚哉 名月や池をめぐりて夜もすがら 座頭かと人に見られて月見哉 月雪とのさばりけらし年の昏 賎(しづ)の子や稲摺りかけて月を見る 芋の葉や月待つ里の焼畑 月はやし梢(こずゑ)は雨を持ちながら 寺に寝てまこと顔なる月見哉 旅寝よし宿は師走の夕月夜 月はあれど留守のやうなり須磨の夏 蛸壺やはかなき夢を夏の月 何事の見立てにも似ず三かの月 あの中に蒔絵書きたし宿の月 俤(おもかげ)や姨(をば)ひとり泣く月の友 月影や四門四宗もただ一つ 木曽の痩もまだなをらぬに後の月 涼しさやほの三日月の羽黒山 雲の峰幾つ崩れて月の山 文月や六日も常の夜には似ず 一家に遊女も寝たり萩と月 義仲の寝覚めの山か月悲し 月清し遊行の持てる砂の上 名月や北国日和定めなき 月いづこ鐘は沈みて海の底 (月いづく鐘は沈める海の底) そのままよ月もたのまじ伊吹山 月さびよ明智が妻の咄せん 名月や座に美しき顔もなし 月代や膝に手を置く宵の宿 月待や梅かたげ行く小山伏 しばらくは花の上なる月見かな ほととぎす大竹薮を漏る月夜 手を打てば木魂に明くる夏の月 米(よね)くるる友を今宵の月の客 三井寺の門たたかばや今日の月 鎖(じやう)あけて月さし入れよ浮御堂 猫の恋やむとき閨(ねや)の朧月 三日月に地は朧なり蕎麦の花 (三日月の地は朧なり蕎麦の花) 名月や門に指しくる潮頭 春もやや気色(けしき)ととのふ月と梅 入る月の跡は机の四隅哉 名月に麓の霧や田の曇り 名月の花かと見へて綿畠 秋もはやばらつく雨に月の形(なり) 月澄むや狐こはがる児(ちご)の供                             トップへ   蕪村 春月や印金堂の木間より 女倶して内裏拝まんおぼろ月 よき人を宿す小家や朧月 さしぬきを足でぬぐ夜や朧月 梨の花月に書(ふ)ミよむ女あり 菜の花や月は東に日は西に おぼろ月大河をのぼる御舟(ぎよしう)かな さくら散苗代水や星月夜 罷出たものは物ぐさ太郎月 河童(かはたろ)の恋する宿や夏の月 四五人に月落ちかかるおどり哉 月天心貧しき町を通りけり 名月やうさぎのわたる諏訪の海 庵の月主(あるじ)をとへば芋掘に 名月や神泉苑の魚躍る 名月や夜は人住ぬ峰の茶屋 欠々て月もなくなる夜寒哉 盗人の首領歌よむけふの月 名月や露にぬれぬは露斗(ばか)リ 風雲の夜すがら月の千鳥哉 霜百里舟中に我月を領す 静なるかしの木はらや冬の月 寒月や門なき寺の天高し 寒月や枯木の中の竹三竿(さんかん) 寒月や衆徒の群議の過ぎて後 水仙に狐あそぶや宵月夜                             トップへ   一茶 雪とけてクリクリしたる月夜かな 出る月や壬生狂言の指の先 夕月や流れ残りのきりぎりす 深川や蠣(かき)がら山の秋の月 木がらしやこんにやく桶の星月夜 寒月や喰つきさうな鬼瓦   《雑》 月花や四十九年のむだ歩き  (注)月花:季感はない。風雅を代表する語として用いている。                             トップへ   『古典俳句抄』 月にえをさしたらばよき團(うちわ)かな    山崎宗鑑 皆人のひる寐のたねや秋の月          松永貞徳 霧の海の底なる月はくらげ哉          野口立圃 浮世の月見過しにけり末二年          井原西鶴 武蔵野の月の山端や時鳥            大淀三千風 猫逃げて梅動(ゆすり)けりおぼろ月      池西言水 名月や疊のうへに松の影            宝井其角 聲かれて猿の歯白し峰の月            十五から酒をのみ出てけふの月          此(この)木戸や鎖(じやう)のさゝれて冬の月  名月や烟這ひゆく水のうへ           服部嵐雪 岩端や爰(ここ)にもひとり月の客        大原や蝶の出てまふ朧月            内藤丈草 鴬や茶の木畠の朝月夜              市中(まちなか)は物のにほひや夏の月     野沢凡兆 こがらしに二日の月のふきちるか        山本荷兮 清水の上から出たり春の月           森川許六 月の夜や石に出て鳴くきりぎりす        千代女 五月雨やある夜ひそかに松の月         大島蓼太 寒月や我ひとり行橋の音            炭太 抱き下す君が軽みや月見船           三宅蕭山 あらしふく草の中よりけふの月         三浦樗良 寒の月川風岩をけづるかな            冬木だち月骨髄に入る夜哉           高井几菫 少年の犬走らすや夏の月            黒柳召波 傘(からかさ)の上は月夜のしぐれかな      荒海に人魚浮けり寒の月            松岡青蘿 (荒海に人魚浮めり寒の月) のちの月葡萄に核(さね)のくもりかな     夏目成美 ゆさゆさと桜もてくる月夜かな         鈴木道彦 黙礼の跡見かへるや朧月            柳之 一すじの蜘蛛のゐ白き月夜かな         独友 いわし寄る波の赤さや海の月          桃首 名月や壁に酒のむ影法師            半綾 裸身に蚊屋の布目の月夜かな          魚日 やね葺(ふき)が我屋ね葺(ふく)や夏の月   夕兆  (注)「我(わが)」:自分の家の。                             トップへ   『現代俳句抄』 ある僧の月を待たずに帰りけり         正岡子規 イモウトノ帰リ遅サヨ五日月           月に行く漱石妻を忘れたり           夏目漱石 鳴くならば満月になけほととぎす          (注)学年末試験で落第した正岡子規(子規=ほととぎす)に うかうかと我門過る月夜かな           海に入りて生れかはらう朧月          高浜虚子 月浴びて玉崩れをる噴井かな           ふるさとの月の港をよぎるのみ          われの星燃えてをるなり星月夜          子規逝くや十七日の月明に            はなやぎて月の面にかかる雲           地球凍てぬ月光之を照しけり           けふの月馬も夜道を好みけり          村上鬼城 月さして一ト間の家でありにけり         月光にぶつかつて行く山路かな         渡辺水巴 大峰の月に帰るや夜学人            飯田蛇笏 秋風や眼前湧ける月の謎             ある夜月に富士大形の寒さかな          閨怨のまなじり幽し野火の月           三伏の月の穢に鳴くあら鵜かな          月光のしたゝたりかゝる鵜籠かな         山畑に月すさまじくなりにけり         原石鼎 白樺に月照りつつも馬柵(ませ)の霧      水原秋桜子 露けさや月のうつれる革蒲団          高野素十 夕月に甚だ長し御者の鞭             鰯雲はなやぐ月のあたりかな           三日月の沈む弥彦の裏は海            春の月ありしところに梅雨の月          国原や桑のしもとに春の月           阿波野青畝 けふの月長いすすきを活けにけり         十六夜のきのふともなく照らしけり        ガラス越し雨がとびつく無月かな         目つむれば蔵王権現後の月            月の山大国主命かな               球体の月を揚げたり甲子園            ほのぼのと渚は近江初月夜            養命酒ちびちび舐めて居待月           月光は凍りて宙に停(とどま)れる       山口誓子 雁のこゑすべて月下を過ぎ終る          月明の宙に出でゆき遊びけり           月光の中じゆんじゆんと時計鳴る         沖までの途中に春の月懸る            空をあゆむ朗朗と月ひとり           荻原井泉水 棹さして月のただ中               月光ほろほろ風鈴に戯れ             我家まで月の一すぢ               山の昼月に馬車を待つ少年                   月かげのまんなかをもどる           種田山頭火 月夜、あるだけの米をとぐ            寝床まで月を入れ寝るとする           こんなよい月を一人で見て寝る         尾崎放哉 月夜の葦が折れとる               春浅し空また月をそだてそめ          久保田万太郎 これやこの冬三日月の鋭きひかり         月光が革手袋に来て触るる           山口青邨 この新樹月光さへも重しとす           牧場守そこらに出でて月をみる          背負はれて名月拝す垣の内           富田木歩 蹴あげたる鞠のごとくに春の月         富安風生 船の名の月に讀まるる港かな          日野草城 満月の照りまさりつつ花の上           吾妻かの三日月ほどの吾子胎(やど)すか    中村草田男 灯を消すやこころ崖なす月の前         加藤楸邨 蜘蛛夜々に肥えゆき月にまたがりぬ        満月やたたかふ猫はのびあがり          みちのくの月夜の鰻あそびをり          なほ北へ行く汽車とまり夏の月         中村汀女 外にも出よ触るるばかりに春の月         恋猫に思ひのほかの月夜かな           父がつけしわが名立子や月を仰ぐ        星野立子 葛飾の月の田圃を終列車            川端茅舎 森を出て花嫁来るよ月の道            寒月や見渡すかぎり甃              ひらひらと月光降りぬ貝割菜           月光に深雪の創(きず)のかくれなし       畑大根皆肩出して月浴びぬ            チチポポと鼓打たうよ花月夜          松本たかし 暗(くらが)りをともなひ上る居待月      後藤夜半 春の月上がりて暗き波間かな           夜桜やうらわかき月本郷に           石田波郷 名月や門の欅も武蔵ぶり             ふるさとや石垣歯朶に春の月          芝不器男 春月や宿とるまでの小買物            月光のおもたからずや長き髪          篠原鳳作 乳房に ああ満月のおもたさよ         富澤赤黄男 寒い月 ああ貌がない 貌がない         満月光 液体は呼吸する             月光をふめばとほくに土こたふ         高屋窓秋 寒月光こぶしをひらく赤ん坊          三橋鷹女 月夜つづき向きあふ坂の相睦む         大野林火 風立ちて月光の坂ひらひらす           月光にいのち死にゆくひとと寝る        橋本多佳子 月光に一つの椅子を置きかふる          毟りたる一羽の羽毛寒月下            寒月に焚火ひとひらづゝのぼる          霧月夜美して一夜ぎり              月一輪凍湖一輪光あふ              月の出や印南野に苗余るらし          永田耕衣 月明の畝遊ばせてありしかな           徐々に徐々に月下の俘虜として進む       平畑静塔  星月夜われらは富士の蚤しらみ          門を出て五十歩月に近づけり          細見綾子 洗はれて月明を得む吾子の墓          能村登四郎 月あまり清ければ夫をにくみけり        桂信子 白菊とわれ月光の底に冴ゆ            やはらかき身を月光の中に容れ          月の中透きとほる身をもたずして         冬滝の真上日のあと月通る            月の人のひとりとならむ車椅子         角川源義 白桃や満月はやや曇りをり           森澄雄 鮎食うて月もさすがの奥三河           奥三河芋の葉にのる月夜かな           三日月がめそめそといる米の飯         金子兜太 鳥渡り月渡る谷人老いたり            降る雪が月光に会う海の上           鈴木六林男 月の出や死んだ者らと死者を待つ         月光を炎えさかのぼる海の蝶          石原八束 悪玉が笑へり赫き盆の月             大寺の月の柱の影に入る            野澤節子 紺絣春月重く出でしかな            飯田龍太 満月に目をみひらいて花こぶし          竹林の月の奥より二月来る            月の道子の言葉掌に置くごとし          水鳥の夢宙にある月明り             黒猫の子のぞろぞろと月夜かな          枯山の月今昔を照らしゐる            裏富士の月夜の空を黄金虫            朧月露国遠しと思ふとき             「月光」旅館/開けても開けてもドアがある   高柳重信 月下の宿帳/先客の名はリラダン伯爵       機関車の底まで月明か 馬盥          赤尾兜子 月光の象番にならぬかといふ          飯島晴子 雪しろき奧嶺があげし二日月          藤田湘子 夕月や雪あかりして雑木山            犬若し月光をうしなへば吠ゆ           月下の猫ひらりと明日は寒からむ         月の出や草擦りてゆく牛の貌           三日月に狐出て見よオホーツク          鯛の目玉煮つまつてゆく月夜なり         月明の一痕としてわが歩む            日のみちを月またあゆむ朴の花          妻いねて壁も柱も月の中            飴山實 玉くしげ箱根の上げし夏の月          川崎展宏 座敷から月夜へ輪ゴム飛ばしけり         一満月一韃靼の一楕円             加藤郁乎 月天心家のなかまで真葛原           河原枇杷男 月光の泡立つ父の生毛かな           寺山修司 月蝕まつみずから遺失物となり          あかあかと寶珠のごとき月のぼる        角川春樹 遥かなる旅はるかにも月の船           月光を堪え忍ぶ山ここへ来い          夏石番矢 マフラーやうれしきまでに月あがり       岸本尚毅 ぼろ市の大きな月を誰も見ず           春月や招かれゆけば柩ある            名月や院へ召さるる白拍子           井上井月 三日月の鎌や触れけん桐一葉          高田蝶衣 おぼろめく月よ兵らに妻子あり         長谷川素逝 月光のおよぶかぎりの蕎麦の花         柴田白葉女 月明のいづくか悪事なしをらむ         岸風三楼 月仰ぐ月の面より風来たり           上野泰 びしよぬれのKが還つてきた月夜        眞鍋呉夫 いくたびも月にのけぞる踊かな         加藤三七子 吾子が嫁く宇陀は月夜の蛙かな         大峯あきら わが骨の髄はくれなゐ夕月夜          沼尻巳津子 吾を容るる故郷や月の一本道          青柳志解樹 月光へ目覚めて繭の中にあり           寒月下あにいもうとのやうに寝て        大木あまり かろき子は月にあづけむ肩車          石寒太 春満月水子も夢を見る頃ぞ           保坂敏子 月の出や口をつかいし愛のあと         江里昭彦 月光はあまねし家庭内離婚            月光のどの石垣も蛇ねむる           今井聖  致死量の月光兄の蒼全裸(あおはだか)       藤原月彦 満月を男が担ぎ来しごとく           和田耕三郎 月が冷い音落とした              住宅顕信 名月や露の流るゝ鉄兜             幸田露伴 魚城移るにや寒月の波さざら          久米正雄 蟻台上に飢ゑて月高し             横光利一 すすき原すすきに触れて月のぼる        吉屋信子 満月や大人になってもついてくる        辻征夫      (余白) 深爪に血のにじみたる無月かな (佐々木敏光) 月光の坂のぼりゆく黒マント 酒うまし今宵は月の上るべし 蛸焼や明石にのぼる春の月                星月夜終着駅に目覚めけり                お神楽のまぐわひ空に日と月と 眼もて歩く古地図や望の月                             トップへ  紅葉(秋)   芭蕉 色付くや豆腐に落ちて薄紅葉                             トップへ   蕪村 よらで過(すぐ)る藤沢寺のもみじ哉                             トップへ   一茶 日の暮の背中淋しき紅葉かな                             トップへ   『現代俳句抄』 大紅葉燃え上がらんとしつつあり        高浜虚子 紅葉明るし手紙よむによし           尾崎放哉 大木にして南(みんなみ)に片紅葉       松本たかし 薄紅葉恋人ならば烏帽子で来          三橋鷹女 この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉        恋ともちがふ紅葉の岸をともにして       飯島晴子 すさまじき真闇となりぬ紅葉山         鷲谷七菜子  (余白) 紅葉狩教師もつとも酔ひにけり (佐々木敏光) ベランダのつひの一鉢紅葉れり 貴婦人と名付けし紅葉大樹かな                             トップへ  雪(冬)
 (春の雪、淡雪、残雪、雪解(春)、雪女郎(冬)等も引用)
  芭蕉 時雨をやもどかしがりて松の雪 萎(しを)れ伏すや世はさかさまの雪の竹 波の花と雪もや水の返り花 今朝の雪根深(ねぶか)を園の枝折(しをり)哉 雪の朝独リ干鮭を噛み得タリ 夜着は重し呉天に雪を見るあらん 冬牡丹千鳥よ雪のほととぎす 鰒(ふく)釣らん李陵七里の浪の雪 馬をさへながむる雪の朝哉 市人よこの笠売らう雪の傘 初雪や幸ひ庵にまかりある 初雪や水仙の葉のたわむまで 酒のめばいとど寝られぬ夜の雪 君火を焚けよきもの見せん雪まろげ 月雪とのさばりけらし年の昏 一尾根はしぐるる雲か富士の雪 京まではまだ半空や雪の雲 雪や砂馬より落ちよ酒の酔 面白し雪にやならん冬の雨 磨(と)ぎなほす鏡も清し雪の花 矯(た)めつけて雪見にまかる紙子哉 いざさらば雪見にころぶ所まで 箱根越す人もあるらし今朝の雪 雪散るや穂屋の薄の刈残し 雪を待つ上戸の顔や稲光  (注)雪見酒の場面。 二人見し雪は今年も降りけるか 米買ひに雪の袋や投頭巾 有難や雪を薫(かを)らす南谷 初雪やいつ大仏の柱立 初雪に兎の皮の髭作れ 少将の尼の咄や志賀の雪 ひごろにくき烏も雪の朝哉 ともかくもならでや雪の枯尾花 初雪や懸けかかりたる橋の上                             トップへ   蕪村 雪の暮鴨(しぎ)はもどつて居るような うづみ火や我かくれ家も雪の中 宿かさぬ火影や雪の家つゞき 宿かせと刀投出す吹雪哉 鍋さげて淀の小橋を雪の人 住吉の雪にぬかづく遊女かな                             トップへ   一茶 古郷や餅につき込む春の雪 雪とけてクリクリしたる月夜かな 雪とけて村一ぱいの子ども哉 山寺や雪の底なる鐘の声 初雪や古郷見ゆる壁の穴 心からしなのゝ雪に降られけり 是がまあつひの栖か雪五尺 雪ちるやきのふは見えぬ借家札 うら壁やしがみ付いたる貧乏雪 うまさうな雪がふうはりふはり哉 雪ちるやおどけも云へぬ信濃空                             トップへ   『古典俳句抄』 雪ながら山本かすむ夕べかな          宗祇 となん一つ手紙のはしに雪のこと        西山宗因 雪の朝二の字二の字の下駄のあと        田捨女 我が雪とおもへば軽し笠のうへ         宝井其角 応々といへどたゝくや雪の門          向井去来 木枕の垢や伊吹に残る雪            内藤丈草 狼の声そろふなり雪のくれ            かさなるや雪のある山只の山          野沢凡兆 下京や雪つむ上の夜の雨             ながながと川一筋や雪の原            夜の雪晴れて薮木の光りかな          浪化 陽炎や取りつきかぬる雪の上          山本荷兮 ともしびを見れば風あり夜の雪         大島蓼太 色々に谷のこたへる雪解かな          炭太 初雪や酒の意趣ある人の妹(いも)        うつくしき日和になりぬ雪のうへ         春の雪しきりに降りて止みにけり        加舎白雄 雪解や深山曇りを啼く烏            加藤暁台 春たつや梢の雪にひかりさす          松岡青蘿 魚くふて口なまぐさし昼の雪          夏目成美 はるのゆき女の裾にふりゆきる         常世田長翠 春の雪ゆきの遠山見えて降る          鶴田卓池 前髪に雪降りかゝる鷹野かな          吏明                             トップへ   『現代俳句抄』 雪降るよ障子の穴を見てあれば         正岡子規 いくたびも雪の深さを尋ねけり          雪残る頂き一つ国境               降る雪よ今宵ばかりは積れかし         夏目漱石 春雨の中や雪おく甲斐の山           芥川龍之介 鵯のそれきり鳴かず雪の暮           臼田亞浪 今日も暮るる吹雪の底の大日輪          残雪やごうごうと吹く松の風          村上鬼城 ふるさとの雪に我ある大炉かな         飯田蛇笏 雪晴れてわが冬帽の蒼さかな           雪山を匐ひまわりゐる谺かな           降る雪や玉のごとくにランプ拭く         春雪の暫く降るや海の上            前田普羅 雪解川名山けづる響かな              オリオンの眞下春立つ雪の宿           うしろより初雪降れり夜の町           雪山に雪の降り居る夕かな            鳥とぶや深雪がかくす飛騨の国          奧白根かの世の雪をかがやかす          雪に来て見事な鳥のだまり居る          雪渓をかなしと見たり夜もひかる        水原秋桜子 雪片のつれ立ちてくる深空かな         高野素十 元日は大吹雪とや潔し               雪明り一切経を蔵したり              にぎはしき雪解雫の伽藍かな          阿波野青畝 臘八や雪をいそげる四方の嶺           火口丘女人飛雪を髪に挿す           山口誓子 わらやふるゆきつもる             荻原井泉水 こゝに死ぬる雪を掻いてゐる          中塚一碧樓 生死の中の雪ふりしきる            種田山頭火 この道しかない春の雪ふる            春の雪ふる女はまことうつくしい         ゆきふるといひしばかりの人しづか       室生犀星 元日や山明けかかる雪の中            しらぬま間につもりし雪の深さかな       久保田万太郎 あわゆきのつもるつもりや砂の上         さびしさは木をつむあそびつもる雪        ばか、はしら、かき、はまぐりや春の雪      みちのくの雪深ければ雪女郎          山口青邨 外套の裏は緋なりき明治の雪           雪の野のふたりの人のつひにあふ         降る雪や明治は遠くなりにけり         中村草田男 雪女郎おそろし父の恋恐ろし           あかんぼの舌の強さや飛ぶ飛ぶ雪         壮行や深雪に犬のみ腰をおとし          残雪や「くれなゐの茂吉」逝きしけはひ      行きゆきて深雪の利根の船に逢ふ        加藤楸邨 降る雪が父子に言(こと)を齎(もた)らしぬ   さえざえと雪後の天の怒濤かな          落葉松はいつめざめても雪降りをり        馬が目をひらいてゐたり雪夜にて         地階の灯春の雪ふる樹のもとに         中村汀女 しんしんと雪降る空に鳶の笛          川端茅舎 一枚の餅のごとくに雪残る            月光に深雪の創(きず)のかくれなし       あの雲が飛ばす雪かや枯木原          松本たかし 深雪晴非想非非想天までも            綺羅星は私語し雪嶺これを聴く          雪だるま星のおしやべりぺちやくちやと      がうがうと深雪の底の機屋かな         皆吉爽雨 背山より今かも飛雪寒牡丹            雪嶺よ女ひらりと船に乗る           石田波郷 細雪妻に言葉を待たれをり            牡丹雪その夜の妻のにほふかな          雪はしづかにゆたかにはやし屍室         力なく降る雪なればなぐさまず          雪降れり時間の束の降るごとく          瞳に古典紺々とふる牡丹雪           富澤赤黄男 山鳩よみればまはりに雪がふる         高屋窓秋 雪をよぶ 片身の白き生き鰈          三橋鷹女 限りなく降る雪何をもたらすや         西東三鬼 垂れ髪に雪をちりばめ卒業す           穴掘りの脳天が見え雪ちらつく          本買へば表紙が匂ふ雪の暮           大野林火 鶏頭を抜けばくるもの風と雪           雪の水車ごとんことりもう止むか         雪ふる夢ただ山中とおもふのみ          雪はげし抱かれて息のつまりしこと       橋本多佳子 鶏しめる男に雪が殺到す             猟銃音殺生界に雪ふれり             この雪嶺わが命終に顕ちて来よ          雪の日の浴身一指一趾愛し            雪はげし書き遺すこと何ぞ多き          豪雪や母の臥所のかぐわしく           たましいの暗がり峠雪ならん           雪ふれり生まれぬ先の雪ふれり          雪山に頬ずりもして老いんかな          降る雪に胸飾られて捕へらる          秋元不死男 つひに見ず深夜の除雪人夫の顔         細見綾子 雪合羽汽車に乗る時ひきずれり          雪解川烏賊を喰ふ時目にあふれ          春の雪青菜をゆでてゐたる間も          雪渓を仰ぐ反り身に支へなし           甕の水雪夜は言葉蔵しをり           能村登四郎 窓の雪女体にて湯をあふれしむ         桂信子 夜の町は紺しぼりつつ牡丹雪           雪夜にてことばより肌やはらかし        森澄雄 綿雪やしづかに時間舞ひはじむ          雪嶺のひとたび暮れて顕はるる          雪国に子を生んでこの深まなざし         雪山の向うの夜火事母なき妻          金子兜太 地吹雪や王国はわが胸の中に          佐藤鬼房 降る雪が月光に会う海の上            戦争が通つたあとの牡丹雪           鈴木六林男 春近し雪にて拭う靴の泥            沢木欣一 子が知れる雪野の果の屠殺場           鍵穴に雪のささやく子の目覚め         石原八束 パイプもてうちはらふ万愚節の雪          黒凍みの道夜に入りて雪嶺顕(た)つ       雪の降る遠き世赤く燃えてをり          雪の上を死がかがやきて通りけり         雁立ちの目隠し雪や信濃川            闘うて鷹のゑぐりし深雪なり          村越化石 ふと覚めし雪夜一生見えにけり          天地の息合ひて激し雪降らす          野澤節子 はじめての雪闇に降り闇にやむ          雪の峰しづかに春ののぼりゆく         飯田龍太 雪山のどこも動かず花にほふ           雪の日暮れはいくたびも読む文のごとし      天上に宴ありとや雪やまず           上村占魚 山門を掘り出してある深雪かな         清崎敏郎 かへり見る雪山既に暮れゐたり          雪しろき奧嶺があげし二日月          藤田湘子 夕月や雪あかりして雑木山            雪の灯へどの樹も向けり物語           春の雪研師は海を想ひけり            ゆくゆくはわが名も消えて春の雪         あかつきに雪降りし山神還る           比良ばかり雪をのせたり初諸子         飴山實 まぼろしの白き船ゆく牡丹雪          高柳重信 馬もまた歯より衰ふ雪へ雪           宇佐美魚目 雄ごごろの萎えては雪に雪つぶて        川崎展宏 塗椀が都へのぼる雪を出て            光堂より一筋の雪解水             有馬朗人 転びたることにはじまる雪の道         稲畑汀子 地吹雪と別に星空ありにけり           みづからを問いつめゐしが牡丹雪        上田五千石 あたたかき雪がふるふる兎の目          母が哭くわが三歳の雪の景            呆とあるいのちの隙(ひま)を雪降りをり     春立つや雪降る夜の隅田川           角川春樹 水中の河馬が燃えます牡丹雪          坪内稔典 大雪の岸ともりたる信濃川           長谷川櫂 吹雪く夜の橋思はれてしばし寝ねず        降る雪を仰げば昇天する如し          夏石番矢 降る雪や野には舌持つ髑髏 (ひとがしら)       飄客の束ね髪なり雪景色            小澤實 雪晴や猫舌にして大男              たはぶれに美僧をつれて雪解野は        田中裕明 用のなき雪のただ降る余寒かな         井上井月 淡雪や橋の袂の瀬田の茶屋            松の雪暖かさうに積りけり            春雪やうす日さし来る傘の内          岡本松浜 雪達磨とけゆく魂のなかりけり         西島麦南 降る雪や天金古りしマタイ伝          長谷川双魚 雪霏々(ひひ)と舷梯のぼる眸(め)濡れたり  横山白虹 とびからすかもめもきこゆ風ゆきげ       金尾梅の門 地の涯に倖せありと来しが雪          細谷源二 降る雪やこゝに酒売る灯をかゝげ        鈴木真砂女 悪相の魚は美味し雪催              青天に音を消したる雪崩かな          京極杞陽 妻いつもわれに幼し吹雪く夜も          雪国に六の花ふりはじめたり           繭干すや農鳥岳にとはの雪           石橋辰之助 狂へるは世かはたわれか雪無限         目追秩父 たましひの繭となるまで吹雪きけり       斎藤玄 水底は暗(やみ)のさざなみ雪降れり      鷲谷七菜子 われを見る深きまなざし雪降るなか        雪催ふ琴になる木となれぬ木と         神尾久美子 八方の嶺吹雪をり成人祭            福田甲子雄 雨の野を越えて雪降る谷に入る          正月の雪真清水の中に落つ           廣瀬直人 雪ふるや姿正しく杉檜             青柳志解樹 微笑(ほほえみ)が妻の慟哭 雪しんしん    折笠美秋 七生七たび君を娶らん 吹雪くとも        半身は夢半身は雪の中             宇多喜代子 俺に是非を説くな激しき雪が好き        野村秋介 学校が平地の最後雪の峯            茨木和生 一村に一師一弟子棲みて雪           斎藤慎爾 雪積む家々人が居るとは限らない        池田澄子 雪の夜の絵巻の先をせかせたる         辻桃子 恍惚の直後の手足雪降れり           高澤晶子   無人派出所曲れば降る雪の千代田区       大沼正明 吹雪く夜は父が壊れてゆくやうで        櫂未知子 しべりあの雪の奥から吹く風か         寺田寅彦 木賊刈るや雪のにほひの絶縁状         塚本邦雄 初雪や膵臓のかげうすむらさき           (余白) 雪山に火焚けば雪の香りけり (佐々木敏光) 狂言師遅れ着きたり春の雪 胸底に森あり春の雪ふれり 真輝く雪の富士なり反省す                             トップへ  富士
 (四季の富士山。富士の山開の句も引用)
  芭蕉 雲を根に富士は杉形(すぎなり)の茂りかな        (夏・茂り)  (注)「雲を根に」:雲の上に。「杉形」:杉の木の大きくそびえたような形。 霧しぐれ富士をみぬ日ぞ面白き              (秋・霧) 雲霧の暫時(ざんじ)百景を尽しけり           (秋・霧) 一尾根はしぐるる雲か富士の雪              (冬・時雨) 富士の風や扇にのせて江戸土産              (夏・扇)  (注)富士の風:涼しい富士颪。 目にかかる時やことさら五月富士             (夏・五月富士)                             トップへ   蕪村 飛蟻(はあり)とぶや富士の裾野の小家より        (夏・羽蟻) 不二ひとつうづみ残してわかばかな            (夏・若葉) 不二を見て通る人有(あり)年の市            (冬・年の市)                             トップへ   一茶 なの花のとつぱずれ也ふじの山              (春・菜の花) 夕不二に尻を並べてなく蛙                (春・蛙)                             トップへ   『古典俳句抄』 元朝の見る物にせん富士の山          山崎宗鑑 (新年・元朝) 富士に傍(そう)て三月七日八日かな      伊藤信徳 (春・三月) によつぽりと秋の空なる富士の山        上島鬼貫 (秋・秋の空) 我が門(かど)に富士を見ぬ日の寒さかな    和田希因 (冬・寒さ)                             トップへ   『現代俳句抄』 ぼんやりと大きく出たり春の不二(富士)    正岡子規 (春・春の不二) 元日や凡(およ)そ動かぬふじの山       伊藤松宇 (新年・元日) 雲の峰ふじを根にして立にけり         伊藤松宇 (夏・雲の峰) この道の富士になりゆく芒かな         河東碧梧桐(秋・芒) ある夜月に富士大形の寒さかな         飯田蛇笏 (冬・寒さ) 死火山の膚つめたくて草いちご         同    (夏・草いちご) 鯊釣や不二暮れそめて手を洗ふ         水原秋桜子(秋・鯊釣) 獅子舞は入日の富士に手をかざす        同    (新年・獅子舞) 眠る山或日は富士を重ねけり          同    (冬・山眠る) 初富士を隠さふべしや深庇           阿波野青畝(新年・初富士) 日本の霞める中に富士霞む           山口誓子 (春・霞) 富士山に生れて死ぬる黒ばつた           富士火口肉がめぐれて八蓮華           初富士の大きかりける汀かな          富安風生 (新年・初富士) 赤富士に露滂沱たる四辺かな          同    (夏・赤富士) 初富士のかなしきまでに遠きかな        山口青邨 (新年・初富士) 夕みぞれいつもは不二のみゆるみち       久保田万太郎(冬・みぞれ) 富士秋天墓は小さく死は易し          中村草田男(秋・秋天) 初富士にかくすべき身もなかりけり       中村汀女 (新年・初富士) 梅雨富士の黒い三角兄死ぬか          西東三鬼 (夏・梅雨) 富士爽やか妻と墓地買ふ誕生日         秋元不死男(秋・爽やか) 星月夜われらは富士の蚤しらみ         平畑静塔 (秋・星月夜) 山山を統べて富士在る良夜かな         松本たかし(秋・良夜) 胸先にくろき富士立つ秋の暮          橋本多佳子(秋・秋の暮) たてよこに富士伸びてゐる夏野かな       桂信子  (夏・夏野) 富士を去る日焼けし腕の時計澄み        金子兜太 (夏・日焼) 赤富士の胸乳ゆたかに麦の秋          沢木欣一 (夏・麦の秋、赤富士) 強霜の富士や力を裾までも           飯田龍太 (冬・霜) 裏富士の月夜の空を黄金虫           同    (夏・黄金虫) 裏富士はを知らず魂まつり          三橋敏雄 (秋・魂祭) 如月も尽きたる富士の疲れかな         中村苑子 (春・如月) 冬すみれ富士が見えたり隠れたり        川崎展宏 (冬・冬菫) 山開きたる雲中にこころざす          上田五千石(夏・山開) 火遊びの富士山焼に比するなし         同    (春・山焼) 秋富士が立つ一湾の凪畳            同    (秋・秋富士) 富士にたつ霞程よき裾野かな          井上井月 (春・霞) 傘さしてお山開に加はれり           沼等外 (夏・山開) 遠富士に雲の天蓋雛祭             鍵和田子(春・雛祭) 赤人の富士を仰ぎて耕せり           大串章  (春・耕) 気をつけをして立つ父と夏の富士        五島高資 (夏・夏富士) 物干に富士やをがまむ北斎忌          永井荷風 (夏・北斎忌) 富士の水ここに湧き居りまんじゆさげ      田中冬二 (秋・まんじゆさげ)
 (余白) 富士へ鷹駿河日和と申すべし (佐々木敏光) 浮世絵のごとく初富士初御空 真つ白きマストの断てり冬の富士 舞ひ上がり富士荘厳の落花かな 風死せり富士山麓にくも殺す 正面に黒き富士立つ噴井かな はればれと桃の花あり遠き富士 真輝く雪の富士なり反省す
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(1997.4.21 開設)